自分に合った万年筆を手に入れる方法

万年筆はほかの筆記用具とちがって、一本一本に独特の持ち味がある。いい万年筆との出会いとは、自分のクセや筆圧にしっくり馴染むものを手に入れることだ。
この出会いを恋人との出会いにたとえる人もいる。

まだ自分に合った万年筆に出会っていない人は、いまだ恋人に出会わない幸薄い人ということになるのだろうか。

万年筆と持ち主の出会いはまた、光源氏と紫の上の関係のようでもある。というのはできあかって、店頭に並んでいる品も、買い于にとってはまだ未完成のものなのである。手に入れて使いこむほどに、自分のクセに合った使いやすいものに成長していく。それが万年筆だからである。

ワインが蔵の中で熟成するように、万年筆は手の中で熟成していくというわけである。まさしく紫の上のように。

さらに最初の数か月は調教期、その後に愛情が深まっていくという意味で、ペットと共通するものがあるという人もいる。いやはや大変なシロモノである。

だから、せっかく于に入れたのにそこまで使わずに、投げ出してしまうのは、宝の持ち腐れというものだ。

もっとも、筆圧の高い人に向いているもの、低い入向きというちがいがあるし、ハズレ商品というのもある。育てても自分の思うように育たないこともまた多い。
こういうときは性悪女に出会ってしまったようなものかもしれない。

買うときには、8の字を書いたりして書き心地を調べてみること。できれば、実際にインクを入れてもらって、インクの流れに注意を払うこと。インクがとぎれずに流れなくては、よいペンとはいえないからだ。

ところで、万年筆がはじめて輸入されたのは、明治一八年のこと。カウスースクイログラフィツクペンというのがそれで、丸善が輸入した。明治二八年には、毛細管現象を応用してインクを入れる、いまのスタイルの発明によってつくられたウォーターマンの製品が販売されている。

作家で翻訳家の内田魯庵は丸善の書籍部の顧問として活躍した人だが、書きやすい万年筆が見つからないという文豪・夏目漱石のために、自分が使い慣らした万年筆をプレゼントしている。

調教済みの万年筆なら、漱石にも書きやすいだろうという思いやりだが、自分の子供かもしくは恋人を献上したような気分だったかもしれない。

そんなわけで漱石は、丸善の万年筆の広告に、やがて、文筆家にとって万年筆は必需品になるといったような小文を寄せて、魯庵の気持ちに応えたとか。